昭和54年09月23日 秋季霊祭
本日はただ今、まぁこのように盛大に御霊様の、お祭りを奉仕させて頂きました。皆さんのいっぱしの、真心もお取り次ぎさせて頂きました。皆さんどうだったでしょうか、御霊様との交流が出来たと感じられたでしょうか。御霊様が喜んだろう、自分も又嬉しい。これが神様との、又は御霊様との交流です。ね、ですから形だけ玉串の中取り持ってと言うけれども、それでは形だけですから自分の心に感ずるものです。
目に見えない世界との、まぁ言うなら交流です。けれどもその目に見えない私共の魂の、事又は魂の世界の事。それが私は、分かり交流しおうて行けれる生活。そういう生活を私は信心生活だと思います。段々とその信心生活が、言うならば道徳的なと申しますか、常識的と申しますかそういう、常識的なお祭りになったり、言ばば霊祭になったりする。どこまでも常識では道徳では分からない世界。
いわゆるここで言われる、超道徳の世界。超常識の世界。それには私共が、ね、神様をね頂くと言う事は、私共が神様の世界に一歩一歩近づいて行くと言う事なのです。所がこの頃は神様を私共の世界に来てもらい、そしてそこで働きをして頂くというのですから、まぁ言うならば人間なみの働きしか出来ない。まぁツーいっぱい頑張った所でですね、精神一到何事かならざらんとかいう言葉がありましょう。そこまでしかいけんのです。そしてなるかならんかは実際は分からんのです。
それは神様を私共の世界に、言うならば人間の考えの世界に神様を頂いて行くという稽古が、これは金光教だけじゃないですけれども、非常に強くなりました。ね、金光様の御信心は私共が神様の世界に入っていくという世界なんです。ですから、んなら神様のまぁ言うならば超が付くような、ね、超常識ですから。ね、超の付くよう、それこそ夢にも思わなかったおかげの展開という事になってくるんです。
そこで言うならば愈々合楽理念がね、世に出らしてもらい、合楽理念を持ってしなければそういうおかげの世界には入られない。いつも神様と交流しておる、いつも交流すると言うてもね、いつもこう頂いておると言うても、神様の本当の交流というのは、このお祭りを仕える。例えば御霊様のお祭りを仕える。と言う様な時が本当の交流であります。いつもはずさんように御霊様を頂いておる。
神様を頂いておる。言うなら吾神と共にあるんだと、御霊様と共にあるんだと言う実感ですけれども、それは言うならば本当の交流という事ではありません。ね、こうそうなからなければ愈々の時に交流は出来ないと言う事なんです。夫婦がいつもずうと交流しておる訳にはいかんでしょう。(笑い)いくら夫婦だからというても、ね。ですからね御霊様のお祭りというのは、そう言う様なものですから大事です。御霊様も楽しんでござる、私共も楽しんでおる。
それこそ今日の御霊様との出会いと言うものは、もう胸がドキドキするくらいなものでなからなきゃならない。なんしよっとのんいつまんでん、というて手を引っ張ろうごとある。(笑い)それが御霊様のお祭り、いわゆる実感して言うなら私が皆さんに、よう今日皆さんの御霊様のお祭りがどのような風に皆さんの心へ響いただろうかと言う事です。そこで今日は、私は皆さんにも喜んでもらえる、私も大変嬉しい事でしたから聞いて頂きたいと思うですけれども。
今朝から3通の手紙が参りました。1通は南米から。マットグロッソ教会から。相変わらず人が助かっておる黒人が白人が、現地人日本人がおかげを頂いておる。もうあちらへまいりまして、2回大祭を仕えさせて頂いたと今日の手紙にはございます。そしてその書いておられるその内容が、もう本当にお道の信心を、言うならお道の教師のような言葉を使って、その手紙が段々本当な先生になっていきよんなさるという感じです。というてなら、金光教の信心を芯からただ、有り難い神様だなぁと信じておる。
お願いすりゃどんな事でもおかげ頂けれるという程度の事。もうあちらに長く居られる方ですから、あちらの言葉はもうこう話ができられます。ですからもうたったおかげの泉が頼りだという事です。ね、おかげの泉だけで助かっておるという、言うなら南米マットグロッソ教会、まぁ教会と言う事は使うてはならん、と言う事をこの頃ご本部から言うて来ましたから、まぁあーマットグロッソ支部と言う事になりますでしょうか。まぁ支部でも五部でも良いですよね。
助かり人が助かりさいすりゃよかっちゃんこっちは。(笑い)どげんでんよかっちゃん。問題じゃない。人が助かる事さえできれば有り難い。もうとにかく合楽の親先生、末永先生を、まず本当合楽の親先生有難うございます、末永先生有難うございますと書いてある。今度また愈々末永先生があちらへ帰れる、もう不思議な不思議な働きが起こってまいりまして、もう愈々あの手この手を使ったけれども。
もう渡られないと言う事になっておった。この頃から末永先生が丁度1ヵ月余りあの、足を骨折してから病院にそのまま担ぎ込まれて。一月くらいでしたでしょうか、修行いたしま、まぁ大変な修行だったらしいけれども、私はこれが南米行きの最後の修行だと言うておったら、本当にそれが最後の修行になるようでございます。突然ある日そのブラジルの領事の方から、末永という方に会いたいという手紙がまいりました。
その領事の方にこんこんと、まぁそんな話はしていけないと言う事だったそうです、しまぁ宗教的な話はしたらいけないと言う事だったそうですけれども、向こうから質問されるのが、それを答えなければならないような事でしたから、まぁ南米でたった半年ではありましたけれども、活き活きと人がこうやって助かって行っておる状態を、まぁつぶさに色々と、二時間に渡ってお話をした。
それを聞かれてから、領事がとにかくまぁ太鼓判を押すとまでは言われんのだけれども、七分通りまでは渡られるように、まぁ協力を致しましょうと言う事になった。先日から末永先生がお夢を頂いた。八分通りは間違いないとだからこちらの手配、手続きだけはもう取らせて頂きましたから、もう近いうちにあちらに渡る事が出来るでしょう、神様の願いがいよいよ南米の地におかげを頂く事が出来るようになりました。
これはまぁついでですけれども、昨日一昨日から正教先生がニューヨーク布教を毎日願っております。それがこの先月2、3日前あの佐賀の源右衛門というあのこの陶器の、茶碗屋さんです。中々有名な方ですが、初めて新作の焼き物が出来たからと言うので、ここにお供えに持って来て下さった。それで一緒に夕食をする時に、その先生が1、2ヵ月くらい前に、アメリカのニューヨークに旅行をなさる事になった。それであの吉富さんからこうやって、金子って言いますかね、金子源と言うです。
かずこ先生がニューヨークへ行くする事なった。私はその朝その源右衛門という人が、あのお風呂に入っておる所を頂いておった。ははぁ私は今日はあんた源右衛門が入浴しとる所ば、はい頂いてとったがっち。はぁもう先生が喜びなさろうと言う事でしたが、その話からでしたが。それが丁度時間がその時間でしたから、そのあのすぐ私はまだ4時の御祈念をせんならん、源右衛門はならお風呂へどうぞっと言うて、お風呂から上がってそれこそ入浴をすまして誰も知らん。
あの竹内先生、あの正教先生が相手しよりました。そこからニューヨークの話からでしたが。ニューヨークには今日本人が600人おると、今なら私の知った人が沢山おるから、ニューヨーク当りに布教なさったらどうですか、竹内先生と言う事だったんです。ニューヨークには無いんですまだ金光教が。それでもう本人は決めたわけですね、良しなら僕がニューヨークに行こうと。明くる日からどうぞニューヨーク布教と言う様なね、何か知らんけれどもこの頃そう言う様な嬉しい何かこの響きと言うか。
そういう感じを感じます。今日もっともっと嬉しい事があったんです。というのは今日学院生からあのう、手紙が参っております。古屋圭奈子先生です。圭奈子まぁ先生じゃないけど、修行生ですけれども、ね、分厚い手紙がまいりました。その中にです、ね、先日、金光教のあのう教典の科目があるんです、その時にあの教室に行きましたら戸板に大きく書いてある。それがどう言う事が書いてあるかというと「大坪総一郎師が説かれる、信心」これは大天地の大天地の大真理か「天地の大真理を、ね。
喝破された大坪総一郎師の信心。もう本当な事から、本当へ」と言う事が書いてあったと。もうそれでもう合楽の学院生、皆喜んだわけですね。それからもう一通の手紙には、古川からまいりました。ここで夫婦で修行しておりましたが、あちらへまぁ修行中でございますけれどもの手紙には、今度学院でね教典の参考にする勉強、勉強のするのには、ね、昔高橋正雄先生のお父さん高橋茂久平という方がおられた。
その茂久平先生が、教典感話を現しておられたもう明治時代の話。それから今新聞にずっと前に度々掲載されております、浅野という先生の教典感話と合楽の大坪総一郎の、教典皆さんも持っておられるあの教典感話が基本になると言う事でございます。もう只々驚くばかりです。ついこの頃まではもう合楽理念は読ませられない、勿論そういう本もだったのでしょうけれども。
段々本当の事が本当の事と分かって来た。ね。だから皆さん合楽で頂いておられるのはそれこそ、ね。今までかって説かれてなかった、本当の事のもう一つむこうの本当を皆さんには聞いて頂いておるんです。ですから皆さんも、その言うならば確信を持って頂いて下さるならばです、ね、必ずねおかげが受けられる。本当な事から本当な事へというおかげになっていかなければいけません。
昨夜も、田主丸の共励会でございましたから、私はいつも12時から御祈念に入ります。それで丁度、文男先生が来ておりましたが、東京から電話が12時にかかって来ると言う事でしたからそれをほん、先生も待っておる、私も待って4、5人の者とまぁ話した事でしたけれども、以前は御霊のお祭りというと後でこうして残って4、5、6人のはな、人が話すとね、それこそ何と言うでしょうか。
あの御霊の御霊夜話とでも言いましょうか。もうそれこそせっせったると言うか本当に生生しい御霊のお話をよう聞いたもんだけれども、もうこの頃はいよいよ本当な事から本当な事へという事になってまいりましたら、それがもう、そういう生々しいものでなくなって来た。もう本当いや、言うならば天地金乃神様を金光大神のお取り次ぎを頂いて、しっかり頂いて信心さえしておれば、もうそれで良い事になってきた。
もうそれで私共が助かるだけではなくて、自分に関わりあいのある御霊様達が助かられると言う事になってきとる。と言う様な話です。ね、どんなに例えば御霊様を大事にすると、先祖を大事にする、その心根はね、まぁ言うならばしゅしょうですし、有り難い事ですから、そういう心が神の機感に叶うからおかげになる。信心は無くても先祖は大事にするという御家があります。やっぱりおかげを受けますね。そういう親、先祖を大事にするという心がけが天地の機感に叶うからです。
ましてお道の信心させて頂いておる者は、言うなら天地の大恩が解りご恩徳が分かり、ね、事柄が全て御事柄と言う事になるのですから、そこを一切を合掌して受けて行こうというような信心が出来て行けば、もうこれは当然もう教えられなくても親は大事にせにゃおられん、御霊様は大事にしなければおられない。皆さんがいかに御霊様を拝んでた所で、御霊様に頼んだからというて、願ったからというて、天地の親神様の働きを受けなければその働きは現わされないという事が段々わかってきた。
合楽で説かれておる、合楽理念が段々言うならば教団だけではない、宗教全体の人達が、こりゃ大坪さんが言うとる事がほんな事っという風に、御本部が段々分かっていきよんなさるようにね、分かってくる時代が必ず来る。何故かというとね、その合楽理念は人間が助かる事のためにあるからなんです。しかもそれが簡単です。しかも明瞭です。おかげは確かなんです。
ほりゃもう因縁のために苦しむと言うておった人が、ね、罪のために自分は罪深い自分だと、その罪の十字架を背負うておった人達が、合楽理念に基づけばその十字架が、言うならば+の字になると神様が仰るです。+の字になる。昨日は御理解99節でした。ですから本当にもう一押しで、もう一つで100と言う事になる、私はご信心で七と言う字を二つ頂いた。漢字の七と言う字を。ね、言うならばこうプラスに成ろうとしよった所ばちょっと曲ぐるもんじゃから七の字になる。
だから二つ書いちゃるけん、七、七、四九じゃん。だからいつも始終苦じゃん。始終苦と言う事です。いつも難儀がどうどう回りしておると言う事。ですからこれを真っ直ぐにプラスにひかなければいけんのです。その真っ直ぐにする手立てを合楽ではです説きます。しかも見やすう説くです。出来るです。やろうと思えば誰でも出来るんです。ね、火の行をせんならん、水の行をせんならんと言う事じゃないです。
私共が本気で辛抱力を作らせてもらい、本気で言うならば、成そうと思えば成せれる手立てをです、合楽理念によってそれを行の上に現わして行くと言う事なんです。段々合楽理念を皆さんが、マスターしておられます。もう言うならば人の前で合楽理念とはと問われたらそれを十分にお話が出来るという人も段々出来てきました。だからそれがその出来ると言う事とね、その働きを受けると言う事は違うんです。それが私共の日常生活の上に現わされなければいけんのです。ね、
それが現されて初めて難儀と言うものが解消する。どうどう回りから一歩前進する事が出来る。ね、昨日の昼の研修の時に、梶原という先生がおります。一時の御祈念の時に御心眼に見事な二階建ての家を頂いた。それがその二階建ての家の上に丸い紋章が、まぁ紋章というでしょうかね、紋が上がっておる。丸い輪の中にわらじが一足こう、図案化したわらじが書いてある。
親先生どう言う様な事でしょうかと。輪と言う事は平和の和と言う事でしょう。けども金光教で言う和というのは、平和の和ではない。和賀心の和である。な和賀心の和と普通で言う所の家庭の平和、和という家庭の和というそれとはちょっと違うんです。金光教で言う和というのはもうそれこそ、ね、不壊のものであると言う事、壊れないというものである。ね、ある学院の修行生が合楽を尋ねて参りました。
もう合楽合楽と言うて、もう寝ても覚めても合楽の事を思い続けて、所が旅費がない。そこで学院生が皆貯めた、その空瓶一升瓶やら洋酒びんやらを貯めといて、それを貰うて売って旅費をつくって参って来た。夜の十二時頃にここへ着いた。そしてもう電気が消えておるこの脇殿に入って、その横長ぁいあの廊下を、くらうす暗いからよけい長く見えたでしょう。もうなんか知らんけれどもね、もう身が震うような思いがした。御神前に座ったらもう愈々感動した。
そしたらこの御神前にいっぱいにね、そのもう初めて言うなら御心眼を頂いた。しかもあんまりはっきりした御心眼であった。しかもその御心眼のタイトルまでがあった。感じられるという御心眼であった。それには「平和な心」とあった。平和の平というのは、一の字を書いて八の字を書いて十の字を書くと言う事である。今言われる所の、誰でも一から始めるのである、それが愈々広がりに広がって行くのである。それがもうプラスにプラス、+に+というのがお道の信心である。
それにはこの和の心というのが、これには鉄筋が入っておるだろうかと思われるほどしのものであった。叩いても投げても壊れそうにない和という字であった。それで私は私もその時に、はぁ教祖がいわれる「おかげは和賀心にあり」という和というのは、不壊のものなんだと言う事です、壊れないというものである。それこそお道の信心は水にも流されなければ火にも燃えない。もうこれなんです。どんな場合であっても、その和の心その和の心を求めて行くという。ね、そういう和なんです。ね、
奈と言うのは奈良の奈という字が書いてあった。大きく示すと書いてある。タイトルに。ね、奈良の奈という字をこう書いて、大、大きく示すと書いてあるでしょう。ね、大きく示す。言うならば私共一から、言うなら八の字になり、広がりに広がって自分の心がどんな場合であっても動じない。和賀心が動かない。そういう信心によっておかげを受けて、ね、それを大きく示して行ける。和賀心を時代を世界にと言うのはそれなんです。平和な、ね、心という字は八の字ばかりで書いてあった。
八の字を書いて又八の字。心という字になるでしょうが。ね、広がりに広がって行くというのです。ね、和賀心時代をいよいよ世界の津々浦々にまでも広げて行こう。南米だけではない、アメリカだけではない。南米アフリカもうあらゆる各地に許されるところには、言うならば合楽の信心が浸透して行く。しかもそれは、もう人間が黒でも白でも、絶対に助かりの理念を引っさげての事である。因縁だよ罪だよと言うて人間を苦しめるような教えが一つもない。
そげぇんほんなこつじゃろうかと、言うておる人が本気で実行する事になったら自分のような罪深い者でもこう言うお徳が受けられる。自分のように因縁、因縁と因縁の、言うなら十字架をかろうておった自分が、それを即おかげと、もうその場で分かればその場でそれを+の字にして行く事が出来るほどしの教えが合楽理念の中には説いてある。ね、言うならば本当の本当を合楽では、本当の本当とは、本当に人間が助かる事の出来れる信心だと言う事なんです。
真の信心というけども、真の信心には真のおかげが伴わなければと、それなんです。だから合楽理念を持ってすると言う事は、とりも直さず真の信心をさせて頂くと言う事になるのです。ね。これも古川の方の親戚になります、今教務部長をしておられます、当時大阪の教務所の所長をしておられました宮田と言う先生がおられます。合楽理念で説く所の、御霊観と言うものをです。
これなら僕達でも分かる、と言うてまぁ合楽ビイキになられて、あのう大阪の講演会に合楽の大坪を、自分の親戚の関係でもあるからどうでもと言われたのが、宮田先生でしたんです。ね、どうして私の言う事ならば分かる。教祖の神様も初めの頃、ね、45歳の頃に言うならば御霊様との問答がある。お前さんがこの家に養子に来てくれたおかげで、ね、ここの川、川手家かね。川手家の先祖代々の者が皆助かる事が出来るというて、教祖金光大神が45歳の時にお礼を言うておられる。
まぁそういう話が合楽にも沢山ありましたよね。けれどもねご晩年になるにしたがって、もう御霊の事は全然仰ってはいないです。この頃のお道の新聞にその事が出ておりましたけれども、それはね嘘ではないけれども、より本当の本当と言う事になってくると、そういう話はもう有り難いものではなくなってくる。その当時やはり教祖の神様も、ご先祖の御霊様から感謝をされるのですから、喜びになったでしょう。愈々信心を手厚うせなければならんと思われたでしょう。
けれども信心を手厚うして、段々分かってくれば分かってくるほどにです、ね、それはどこまでも天地の親神様のお演出であり、まぁ言うならばトリックだと言う事になるんです。ね、それを天地が、私共のこの地球上にその人間の世界にです、もうそれこそ億年かかっても丸うせずにはおかん、助けずにはおかんというその働きが、お前のような執念深い者は、お前のような悪い事ばっかりしよるとそれこそ、人を殺したりその、しよるとお前幽霊が出てくるぞと。ね、
それこそ四谷怪談のせりふの中にありますように、お岩の幽霊が出てくる、もうどこへ行ってもどこへ行っても出てつきまとう。それこそもうその何って言ってましたかね、恐ろしき執念かなと言うと言う所がありましょうが。もうそのお前があぁいう、その事でいじめ殺しとるのだから、そういう事をしよると、こういう執念深い幽霊が付きまとうて、お前までそれこそ、あぁ人を呪わば穴二つという結果になるぞと言う様な事でも決してお岩が幽霊になったっちゃなかですあれは。ね、
神様がお岩を幽霊に作る、ちょっと役者と同じ事ですたい、ね、そう言うがいつものようにもうどこででもそれが、例えばあるという事がです、こりゃ悪か事は出来ん、その執念というものは恐ろしいものだからと言う風に、人間が少しでもほんな事になるように本当の事になるように、天地の親神様がトリックをなさっておられるのです。ね、久留米の初代の石橋先生が、桂先生が亡くなられた後、あのご本部の御楼門の言うならばおかげを受けられた一心発起された。ね。
何故一心発起されたかというとある時の御祈念に、桂松平先生お師匠にあたりますが上半身を現して、石橋楼門の御造営を頼むと仰った。それで石橋先生がふるい立たれたわけです。ね、そのふるい立たれると言う所にです、言うなら神様の言うならば働きというものを感じずにはおられません。桂先生がそんなにのこのこ出て来てから、そんな事言いなさるはずは絶対ない。けども天地の親神様が桂松平先生の体を借りて、ね、師匠筋に当たられる、弟子にあたる石橋先生に頼まれた。それだけの事なんです。ね、
してみりゃ御霊さんにゃ力がなぁにもないかと言うと、教祖の神様が、いわゆる御晩年の頃になって御霊様の事をおっしゃっておられる中にです、ね「信心をして徳を受け、あの世にも持って行け、この世にも残しておける」と言う事をおっしゃっとられます。ね、信心の徳をむこうへ、どんなに徳を持って行っておっても、それをなら孫が困りよるけんでというてから、こちらへのこのこ出て来る事は出来んです。
これは私が神様から頂いたのは、丁度どんなに徳を受けた先祖があったというてもです、ね、その先祖を言うならば死んだ者を引っ張ってきて舞台の上でさぁ踊れというのと同じ事だとおっしゃるです。そんな事は御霊は出来んのです。ね、神様の天地の親神様の言うならば、ご演出に合わなければ出来んのです。けれどもお徳を持って行けとおっしゃるから、もうお徳を持って行った御霊は、もう御霊の世界で分かりやすく言うなら、極楽に行っておられるそれこそね。
それこそ極楽の世界で日々を有り難い生活がおできになっておられると言う事なんです。だからどうしてもやっぱお徳持っていかにゃいかん。と言うてあちらで有り余るからと言うて、こっち送ってやるわけにはいかん。というのが言うならば御霊の世界と、私共の世界をね、こうこのこういう説はです、言うなら合楽が初めてそういう風に言うておる、言うならば新しい説なんです。ね、
今でも金光教でも、今度の新聞にもそういう御霊関係の事が書いてございます。ね、自分なほんなこつかどうか分かりもせんどいてから、ようあげなこつが書かるると思うんですけれども。もうそれは嘘じゃないですけれどね、所謂本当の本当の前に出ると、言うなら大きな光の前にはもう小さな光は消えてしまうと言う事なんです。合楽ではねだから、こりゃぁあの御霊の事なんかは一つ本気で皆さんもね、あの勉強して分からして頂かねば、御霊に対する言うならば奉仕から変らなきゃいけんです。ね、
親になでさすりする事も、ね、美味しいものも食べてもらう事も、ね、これに何かこの人から貰わんならんけんという事はないでしょうが。こりゃもう当然の事親として子として、これは尽くさせて頂くのが当たり前なんだ。しかも合楽理念のその根本は、親孝行に有りと説かれるのですから、親孝行はせずにはおられん。無条件でするのです。そしてそんにゃお家んじいさんな、お神酒が好きやったけんお神酒ばうんとあげちから、どうぞいっちょ内輪を守って下さいち言うたってだめなんです。
そういう働きが出来ん、ただそのお爺さんがお神酒が好きだったから、お神酒をというその心が天地に感応するんです。ね、御霊様も勿論喜ばれますでしょう。けれどもそれに条件を私共は求めると言う事は嘘なんです。ね、2、3日前大分の大変大きく事業しておられる方が、何回か参ってこの頃色々そのお届けがあるんです。一山、山を買われたんです。所がその山はあの野仏がいっぱい祭ってある、おじぞうさん。お大師さんやら、観音さんやらの一子の仏様もね、沢山こうこの辺にもありますよ。
でそのそれを取り除かなきゃ仕事が出来んのだけれども、と言う事でした。だからそれでもうまとめて、好きな人にあげたりいと、又はどっか邪魔んなんならば、こずみなさいとそういう成程観音さんかもしれん、お大師さんかもしれんのだけれども、それこそ天地にほうがんすると言う事を、私が天地の親神様にお願いをさせて貰うから、天地に還って頂くのですから引っ掛る事はいりません。
というてまぁ申しました事でした。ね、だから天地の親神様の信心を、私共が頂いてさえおればです、何にも引っ掛る事もなからなければ、ね、わずらわしい事はないのだけれども、そん昔から言うて来ておった事が観念の中に残っておる。ね、こげな事せにゃ罰かぶりゃせんじゃろうかというそういう観念を捨てると言う事をこの頃は仕切りに、合楽で言われます。私共の観念が邪魔をすると。
言うならば学者が身をくうと言う事は、それなんです。少しばかりの学問少しばかりの常識が、ね、おかげの世界に入っていかれない。だから私共がおかげの世界、神様の世界に入って行くためには、もうそこの言うならば、観念が段々なくなっていかなければ、神様の世界には入っていけない。そこに人間心をすてなければいけない。ね、だから言うならば、神心いうならば。
神様を中心にした生き方をしなければいけないのだけれども、この頃では言うならば人間を中心にした神様、というような、傾向が非常に強くなりました。だから人間なみの、言うならばおかげしか現われない。私共の我情が取れ、我欲が取れて。そしてこれがおかげを頂いて行く。2、3日前でした。あれがあのうどなたでしたか。福岡の古谷さんという方が、そのお知らせを頂きお夢を頂いた。と言うて福岡の誰川上さんかどなたかに電話が掛かって来た。
もう私は今朝こんなお夢を頂いた、どういう夢じゃったですかち、日田の綾部さんが死んなさった夢ば頂いた。本当に神様っちゃ間違いないなぁち、もう最近綾部さんはもう毎日毎日最近の所、ね、最近の所もうそれこそ信心は、日に日に生きるが信心なりという事は日に日に生きて行くという、日に日に生まれて行くと言う事は、日に日に自分というものは亡くなっていかなければ。自分というものを空しゅうした生活。ね、
今度婦人大会が委員長にまぁまつりあげられた。はぁもうあぁなしていけばいい、行くほどにこれ自分のような者にゃ出けんとこう思うた。そこでです毎朝朝の御祈念に参ってみえますが、その朝のご理解の中にです、ね、この「填まる」と言う事を頂いた。本気になると言う事を頂いた。ね、本気になると言う事は、あのあぁ高松和子先生が前の晩に、休ませてもらう、共励殿に休むという、ほれでもう本気でもうとにかく、この修行生の方は眠る時間がないですからね。
それでも明日の朝起きらんならんから、もう本気で明日また目覚ましのおかげを頂きますようにというてお願いをした。そしたら横にあるあの大黒様の、白木の大黒様があるでしょう、あの大黒様が二つに割れたかと思うほどのお勇みを頂いたっち言うんです。だからどんな事でもね、お願いしとかにゃいけんです。明日朝の御祈念にお参りしたいから、どうぞ起こして下さいち、目が覚めじゃった、はぁこれもやっぱ神乍らじゃったじゃろうではいかんのです。
まぁだ本気が足らなかったと、私も夕べは休むのが2時でしたから、もう3時に起きましたから、1時間とろっとしただけなんです。それで本気で願います。そしたら今朝方ね蚊がね、耳の中に入っとんですよ。ぶうんちいうて。はぁとはっと思うてから、あ目が覚めたら丁度3時じゃった。と言う様に、そういう働きが起こってくるんです。本気で願う事です。皆がおかげにならんのは本気になってない証拠です。ね、
次にはその填まると言う事です。久留米の(井上みねこ?)さんという方が、お夢を頂いた。もうそれこそ畳じきのもう見事な便所だった。自分も奇麗な着物を着てから、その便所を使おうと思うて入ったけれども、そのお便所がこんなに動いておる。だからこうやってからげるとこっちの方が濡れるごたる、こっちさんこうするとこっちの方がこうすそがずうむいて、あこうなった時に着物が濡れるとこう言うのである。
そりゃどう言う事でしょうかと、さぁそりゃどう言う事じゃろうかね、と私も言うとったばってん、その和子さんのお届けを聴かせて頂いて、ははぁ成程と思うたんです。ね、御結界と言う事はお便所と。大便小便所が合楽には足ろうとる。しかも畳じきなもう見事なものであるけれども、ね、合楽の御結界は動いてござる。ね、生きた働きがいつもあっておる、だからお願いしたからと言う様な事じゃ、填まったお願いじゃなからなければいけないと言う事なんです。ね、
例えばんならん一千万の、御造営費をお供えしたい。ばってんまぁお供えあ、あのお届けしてから出来ん時はいかん、いかんけんでと言う様な事は填まっとらん、お願いはしよるばってん填まっとらん。明くる日から本当にもうその、ね、一千万円のお供えがおさまりました。これはもう私一生かかってでも、というその填まってのです、填まってのお願い、お取次を願われる。そこには不思議な不思議な働きが起こってくるのです。ね、填まり方が足らん。
合楽理念をが分かったじゃなくて、それを行ずるでも、どんなにそれこそ合楽理念は、ここの信心は、ね、有り難うして嬉しゅうしてね、しかも愉快にまでなれれるというけれども、そういう信心でも、ね、本気でしかも填まってそれに取り組まなければ、嬉しい事にも有り難い事にも楽しい事にもならないと言う事なんだ。ね、填まってお取次を頂く。ね、そこにです、私共は言うならば、ね。
おかげの道ではない、徳の道が開けてくる。あの世に持っていけれる所の、お徳の世界に住み替えていく事が出来る、人知人力ではそれだけの事、ね、神様を私共の所に下がってもらうのじゃなくて、私共が神様の世界に上がっていかなければならない、ね、梶原先生が2階建てに大きな言うならば、輪の中にわらじが一足図案化になって御紋になって言うならば普通の人が1階ならば、信心させて頂いておる者は2階に、そして進んで3階にも4階にも進んで行かなければならないでしょう。ね、
それにはね言うならばその和楽、私は昨日色紙にそれを筆で書いてやった。「和楽路」と書いてやった。ね、わらじとは和楽の道と書いてある。道と言うのは道路の路ですよね。そしてわらじと読む。わらじ履きの信心と言う事を言うてあった。ね、わらじ履きの信心と言う事は、填まると言う事である、本気になる事であると皆さん頂いて下さらなきゃいけません。わらじ履きの信心。ね、例えばこっちには右、あの合楽の御霊様こっちには家の仏様っちいうのはね。
野口さんが亡くなられた時に頂かれたお知らせですけども、矢次さんか誰かが。ね、それねは丁度ちんがらがったんで行きよるごたるもんです。片一方にはぞうり履いて片一方には下駄履いて。なそれで歩かれんちう事なかばってん、そげなおかしな信心があろうかと。これほどの信心これほどのおかげ、これほどの信心を分からせて頂いたら本気で改式のおかげを頂いて、それこそ、ね、もう本当にどうどうと合楽の世界に住み替えて行けれる安心のおかげ、信心の喜びを頂きたいと私は思う。ね、
いかに合楽理念が簡単です、明瞭ですそしておかげが確かですと言うても、それが本気でそれに取り組まれる、填まってお取次ぎが願われる、そして今日もどうぞ一日合楽理念の実験実証者としてのおかげを頂かせて下さいという信心が積みに積み上げられて行くと言う所にです、合楽の信心があるのです。今日古川の手紙の中に、もうとにかくここでの信心がもう有り難いもう、彼が出します手紙はもう、どうしてはぁもう血筋というのは争われんなと思うんですよ。
これは素晴らしいです、その信心のひやくと言うのが。奥城にお参りすると必ずお知らせを頂く。本当に教祖の神様というのは、威知雄さんの特ににひい爺にも当たる人ですから、どういうお方であっただろうかと、御祈念しよったげなならば、三代金光様と大坪総一郎をひとつにしたようなものだと仰ったげな神様が。(笑い)ね、私はそれは、意味は分からんけれども。
いわゆる三代金光様のご修行と合楽で説かれる所の、言うならば臨機応変というか、もう本当に打てば響くようにと言うか限りない、あの御理解のみょうというものは、これは教祖の神様がそれこそ臨機応変のあの御理解を沢山残しておられるようなものだと私は思います。合楽の御理解は。ね、そういう御理解力と、なら三代金光様のご信心をあわせとる姿が、教祖生神金光大神の姿ぞ、というてお知らせを頂いたというのが、今日の手紙に書いちゃります。ね。
私はそれはあの私はその調子に乗る、そげな事じゃない。私は本当だと思います。ね、だから皆さんもやはりそれを信じて下さるならば、ここで頂いておる皆さんの聞いておるお話は、教祖様のお話であるとまず頂かなければいけんと思うです。ね、そして本当に言うならば天地に響く信心。ね、合楽世界の実現。建設。ね、私共がんならば日本に合楽世界を広げて行かなければならないように、南米にもそれこそ北米にも、世界の津々浦々に、それが広がっていかねばなりません。
ためにはねまずこの合楽の人の信心という、皆さんというものが、言うならひとつの基本になるんです。今日の御霊様のお祭りの独自性というのは、私が合楽におりますから、合楽部落の事を願わんはずありません、もう隣りの事を願えと仰るから、けれども合楽の皆さんの所の、御霊さまの世界に触れた事は今日が初めてでした。合楽の皆さんの言うなら皆、コッポラとしたお家ばかりで、神様どん頼まんでんちいう、言うなら裕福な家庭が多いんですけれども、ね、これは形だけの事。
神様からお知らせを頂くとあんどんのような光じゃとこう仰るです。不自由なわけです。けれども天地にこうやってスイッチを差し込んで、天地の働きが受けられる程しの部落になった時にです、言うなら合楽教会を芯にして、合楽の部落がそういう光輝くようなおかげを頂かれるという事が願いであったけれども、その根である所の御先祖、御霊さまの事にまでは及んでいませんでしたけれども。
今日はそういう御霊様の事と、それからね沢山な戦死とか、というのはもちろんですけれども、あの犠牲になっとる、言うなら無実の罪に泣いておる、それこそ亡くなられた御霊様達を今日は全部、ここにお招きをするという、いうお祭りが、今日の御理解のと、あの、今日のお祭りの特意でした。と言う事は合楽の信心がそれほど広くなったそれだけ力になったと言う事です。
世界万国の事を願い、言う口で言う事ならいつでも願い、言えれるんだけれども、その内容がね。段々言うならば自分の隣りの事から、もっとこの次の隣りの事まで祈り、願われて行くという、願うだけなら誰でも出来るけども内容が出来てからの事。だから合楽の信心も段々内容が出来てくるにしたがって、広くなっていっておるんだなと言う事を思います。皆さんの信心も育たなければいけん。ね。
梶原先生が頂いておるように、2階からもう一つ3階建てに4階建てに。住まわせて頂けれるほどしのひとつおかげを頂きたい。ね、それは紋所は一つである。どう言う事であっても、ね、填まるの填まりがなか、わらじ履きの信心が出来なければ、いくら合楽理念が助かりの理念と言うても、本当の助かりにはならんと言う事です。又は嬉しいもの楽しいもの、愉快なものにはならんと言う事です。
どうぞ。